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2023-06-12

コラム

遺言爆弾

今度は大江健三郎氏が亡くなった。これで今年前半だけで、自分の考え方や感じ方に少なからず影響を与えてきた表現者を3人失ったことになる。
亡くなった直後、まだ僕が訃報を耳にする前だったある晩、何気なくテレビをつけると、NHKで大江健三郎氏のインタビューが流れていた。そのなかで、これまで多くの文学者が、大江氏自身がフランス文学に対して行ったように、外国語のリズムを文体に取り入れようとアプローチをしてきたが、それに初めて成功したのが村上春樹氏だと語った。大江健三郎が村上春樹を公然と評価する!なんだか日本文学の歴史的瞬間に立ち会ったかのような気持ちになった。
村上春樹、もちろん押しも押されもしない、世界的に評価の高い小説家ではあるが、彼の作品の人気の秘密はその軽妙な比喩表現にあると思っている。それゆえに村上文学はいつも洒落た空気を纏ってはいるが、同時に文学としてはいまひとつ軽薄なものという印象を与える。あの比喩表現に頼っているうちはノーベル文学賞は望めないだろうと、僕は常日頃語り、SNSなどに投稿したりもした(僕如き末端市民がどこで何を書こうが屁にもならないのではあるが。)
しかるに大江氏は、文体のリズムを評価することによって、村上文学の軽薄さ自体を評価したに等しいと感じた。これは、実は、格調の高さばかりを尊ぶノーベル文学賞自体へのある意味牽制なのではないかとも考えた。
今なお世界の注目を集めるノーベル賞作家の発言。これはハルキストのみなさん!今年こそはノーベル賞ありかもですよ!とその瞬間の僕は色めき立ったのだが、それからほどなくあれは故人を偲んでの2020年の番組の再放送だったと知り、当時のあの発言は村上春樹を受賞へと押し出しはしなかったのだと知らされた。
しかしだ。大江健三郎とは、そういう人だったと思う。自らの発信において、静かな爆弾をそこここに忍ばせる。そのような企てを社会に対して行ってきた人なのだ。
13年前の発言が、他ならぬ自身の死をもって再び世に放たれ、時限爆弾のスイッチが押される。もしこれで、村上春樹ノーベル文学賞受賞となれば、大江氏の目論見は見事成功したことになるのではないいだろうか?
ハルキストのみなさん!期待しててください!

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